世界的ヒット薬
青カビから生まれた画期的な薬として抗生物質ペニシリンが有名です。
しかしもう一つ、青カビから肝臓でのコレステロール合成を妨げる物質を発見したのは、秋田県出身の東京農工大学 特別栄誉教授 遠藤章先生です。
先生は、6000株ものカビやキノコを一つ一つ培養し、ついに青カビの一つ ペニシリウム シトリナム(Penicillium citrinum) から『メバスタチン』(別名:コンパクチン)を発見しました。
臨床試験も順調に進み、犬や猿で明らかにコレステロールの低下が立証されたため、人への治験も開始されました。
しかしその最中に、高濃度で長期に渡って与える試験をしていた犬に副作用が見られたのです。
それにより人への治験も中止されました。
遠藤先生の研究がヒントに?
そんな時にアメリカの製薬会社メルク社は、遠藤先生の研究に興味を持ち、データやサンプルの提供を求めます。
治験が中止になり意気消沈していたのでしょうか?
遠藤先生はメルク社にデータ等を提供したところ、ほどなくしてメルク社から”ロバスタチン”という抗コレステロール剤が発売されました。
これが世界で初めて製品化された抗コレステロール剤で、以後この系統の薬は”スタチン系”と呼ばれ、高脂血症治療薬としては効果が高い薬として今も世界中で使用されています。
ロバスタチンはコウジカビの一種 アスペルギルス テレウス(Aspergillus terreus)から分離されました。
このコウジカビから分離されたロバスタチンの有効成分は、ベニコウジカビの有効成分モナコリンKと化学構造が同じです。
メルク社は1979年に特許を取得し、1987年には医薬品として承認されてます。
そして今やWHOの”必須医薬品リスト”にも掲載されています。
つまりモナコリンKは、40年近く世界中で使用されてきた成分です。
紅麹サプリの謎
そのためサプリメントとはいえ、現在も騒がれているサプリメントはそれなりの高い効果があったと思われます。
ただこのロバスタチンを含め”スタチン系”の薬には下痢、便秘、頭痛、筋肉痛、睡眠障害などの副作用がよく知られています。重篤なものとしては肝臓障害や腎不全も起こります。
抗生物質や解熱剤とは違い、一般的に長期間に渡って処方される薬なので定期的に血液検査などを行い、肝臓や腎臓の状態を確認しながら使用されます。
しかし若い方に処方されることはほぼなく、ある程度の年齢の方に処方される薬なので、便秘や睡眠障害などは副作用なのか加齢によるものなのか判断が難しい部分もあります。
謎が多い騒動
そういった中で、薬が処方されているにも関わらずサプリメントを併用した方はいなかったのか?
またサプリメント以外の要因を精査できているのかは、報道からはうかがい知れません。
サプリメント以外の共通項は本当にないのでしょうか?
もちろんコウジカビもベニコウジカビも、その名の通り”カビ”ではあるので安全性の確認は大切です。
特にカビ毒シトリニンは、腎障害を起こすことが有名です。これはベニコウジカビに限らず、チーズや穀物などから分離されることもあります。
経口摂取したら毒性があるのはもちろんですが、皮膚からも浸透する・・という報告もあります。 (浸透すると言っても、すぐに悪影響が出るわけでもないで、カビに触っちゃったら手を洗いましょうという程度です)
問題となっているサプリメーカーがBMCゲノミクスという学術誌に2020年に発表した報告によると、日本で食品に使用されてきた3種類の紅麹菌には、全てカビ毒シトリニンがないことを確認しています。
しかし報道ではシトリニンではなく「プベルル酸が検出された」と。
確かにプベルル酸は青カビが作る毒性物質ですが、人に毒性を発揮できる量を生成していたとしたら、紅麹の培養に影響が出なかったのかが謎です。
遠藤先生の故郷 秋田県由利本荘市の花 御衣黄
遠藤先生の功績を忘れたくない
遠藤先生が分離したメバスタチンの研究が、今も使用され続けられる世界的ヒット薬の基礎になり、1985年にノーベル生理学・医学賞を受賞したマイケル・S・ブラウン氏やジョセフ・L・ゴールドスタイン氏の『コレステロール代謝の調節に関する発見』の研究にも大きく貢献しました。
遠藤先生が当時やられていたような基礎研究分野は、現代の日本では大きく失われています。メルク社が比較的短期間で製品を世に出せたのも、遠藤先生の長年に渡る基礎的な研究の積み重ねがあったからです。
今年2024年6月5日にご逝去されましたが、改めて世界に影響を与えた大きな功績を多くの方に知ってもらいたいと願うと共に、心よりご冥福をお祈りします。