ネコは見つけにくいフィラリア症
イヌのフィラリア症は、蚊を媒介して犬糸状虫の幼虫が入り、皮下や筋肉・脂肪で成長していきます。
この頃は無症状ですが、3~4か月すると幼虫(ミクロフィラリア)は血管に入って血液に乗り、心臓の右心室や肺動脈に寄生して成虫になります。
心臓や肺動脈に到達すると症状が出ますが、血管中に入ると血液検査で見つけることができます。
ところがネコの場合、蚊が媒介して皮下に入ってもあまり増えず、心臓に達する前に幼虫が死滅することが少なくないのです。
そのため幼虫の数が少なすぎて、血液検査や画像診断等で見つけるのが非常に難しい。
ネコに症状が出るのは、この幼虫の代謝物や死骸から出る物質によって、免疫反応が起こった時です。血管や肺に炎症が起こり、咳や呼吸困難というような症状が出ます。
場合によっては嘔吐や食欲不振という症状もありますが、イヌに比べて発症数が少ないこともあり同様の症状であれば、まず他の病気を疑うことが多いと思います。
そもそもフィラリアとは
糸状虫上科(Filarioidea)に属する寄生虫を総称して”フィラリア”(filaria)と呼んでいます。そしてそれらが寄生して発症する病気が”フィラリア症”。
犬糸状虫はイヌやネコ、フェレット、タヌキの他、アシカやオットセイ、ペンギンなんかも感染します。
そしてヒトにも感染しますが、犬糸状虫によるフィラリア症は少なく、感染の大半がバンクロフト糸状虫(Wuchereria bancrofti)による感染です。
バンクロフト糸状虫は、ヒトにしか感染しません。
その他熱帯のアジア地域(東南アジア・インド・バングラデシュなど)や日本でも伊豆諸島で特異的に存在したマレー糸状虫(Brugia malayi)。
感染者の99%がアフリカで占め、ラテンアメリカでもごく少数の感染がみられる回旋糸状虫(Onchocerca volvulus)。
これは蚊ではなくブユが媒介しますが、皮下の結節(オンコセルコーマ)に寄生することから”オンコセルカ症”と呼ばれています。
感染量が少なければ激しい皮膚のかゆみだけの場合もありますが、多くが全身性の皮膚炎を発症し、硬化性角膜炎や視神経炎や視神経萎縮など眼に深刻な症状が出ます。その結果、視力障害が残ったり失明することも少なくありません。
イベルメクチンの功績でノーベル医学生理学賞を受賞した大村智先生は、まさにアフリカでその現状を見、
「命を落とす病気でなくても、一生重い後遺症を残す病気をなくしたい」
と思われたそうです。
フィラリア線虫が感染する細菌
バンクロフト糸状虫やマレー糸状虫などは、リンパ管に寄生するため、リンパ管炎やリンパ節炎を引き起こしますが、そもそもこの寄生虫が出す”炎症を起こす代謝物”に、ボルバキア(Wolbachia pipientis)という細菌の関与が指摘されています。
この細菌は”共生細菌”で、細菌なのにウィルスのように細胞内に入り宿主と共生します。
フィラリア線虫だけでなく節足動物に感染するため、昆虫類の50%くらいが感染しているとも言われています。
この細菌は宿主の生殖細胞に感染し、性別や生殖をコントロールするようになります。
そのため例えば蚊の場合、感染したオスと交配したメスの卵は羽化しません。つまり不妊症になるのです。
そしてメスが感染すると、感染した細胞は子に遺伝していきます。
まるでミトコンドリアのように、細胞内にもう一つ別の遺伝子を持った存在になるのです。
本当に我々動物には影響しないのか?
この性質を利用して最近、世界的なコンピューター会社の大金持ちが、人工的に大量のオスの蚊をボルバキア菌感染させています。そしてその蚊をジカ熱やデング熱といった、蚊が媒介する病気が後を絶たない地域で野に放っているそうです。
理論的には蚊が減るでしょう。
『自然環境や他の動物への影響はない』とも発表していますが、フィラリア症の症状の中でも、ヒトやネコの主因となる”炎症”はこの細菌の関与がキーです。
そのため寄生虫そのものではなく、この細菌を殺菌することで治療効果をあげる方法もあるくらいです。
イベルメクチンがマクロライド系抗生物質の研究から生まれたことからも、寄生虫そのものはもちろん、ボルバキア菌にも影響を与えているのかもしれません。
・・・しかし本当に自然界や動物に影響ないですかね。
生きた細胞内でしか増殖できないとされていますが、自分の都合に合わせて宿主の生殖をコントロールできるんですよ。
宿主がガンガン減る状況を作られたら、当然これまでと違うコントロールを始めると思いますが・・・。