予防・治療が難しい猫伝染腹膜炎(FIPV)
猫が罹る病気の中でも、予防や治療の難しさはトップ3に入ると思います。
しかし慢性腎炎のように、哺乳類の中でもなぜこれほど猫が罹りやすいのか・・など発病のメカニズムが明確に解明されていない病気ではありません。
原因はネココロナウィルスだと分かっているのにも関わらず、未だにワクチンも特効薬も完成していません。
ただでさえ子猫の生育率は、仔犬に比べても低く、無事成猫になるハードルの一つとしてこの腹膜炎も一つの壁と言っても過言ではないでしょう。
せめてワクチンか、有効な治療薬が出てくれば・・と思っていますが、このウィルス独特の性質がそれを大きく阻むことになっています。
生ワクチンと不活化ワクチンの違い
現在使用されているワクチンのタイプは、大きく分けるとこの二つです。
(厳密に分けるとさらに細分化されますが)
生ワクチンは、病原体となる細菌やウィルスを弱毒化したものです。
病原体を弱らせただけで、まだ生きているので”生”なのです。
BCGやMR(麻疹風疹混合)、ポリオ、おたふくかぜ、水痘のワクチンなどはこのタイプです。
犬猫の混合ワクチンでも、一部この生ワクチンタイプがあります。
一方、不活化ワクチンは、薬剤などで病原体を殺したもの。
死んだ細菌やウィルス全体を使うこともあれば、その一部を使うタイプもあります。
狂犬病ワクチンはこのタイプですが、インフルエンザや肺炎球菌、B型肝炎なども同様です。
(不活化ワクチンの中には、破傷風やジフテリアなど細菌が出す毒素だけを無毒化した”トキソイド”というのもありますが、タイプとしては不活化ワクチンと同じなのでこれに含めます)
この二つのタイプの違いは、体に入った時の反応にも差があります。
どちらも抗体が作られるのは同じなのですが、生ワクチンの方は細胞性免疫が誘導されるのです。
これは不活化ワクチンでも多少発揮されるのですが、生ワクチンに比べると弱いです。
細胞性免疫とは、細胞に入り込んだウィルスを細胞ごと破壊する能力です。
生ワクチンによって細胞性免疫が発揮されると、細胞障害性T細胞が細胞ごと破壊していくので、1回の接種で十分なのです。
不活化ワクチンはこれが弱いので、たいてい2回接種、または定期的な接種が必要になる訳です。
抗体ができれば感染や発症が防げるとは限らない
抗体ができれば安心・・・とならないウィルスがあります。
その一つが猫伝染性腹膜炎の原因となるネココロナウィルスです。
普通、抗体ができると、外から侵入してきた外敵(細菌やウィルスなど)にくっついて、細胞への侵入を防いだり
「侵入者だよ!」
と免疫系に合図を送ります。
すると抗体を目印に集まってきた免疫細胞たち(=大食細胞とも呼ばれるマクロファージや白血球の一種である単球など)が、侵入者を食べてしまいます。
ところが本来食べてくれるはずの免疫細胞に、ウィルスを感染させてしまう抗体があります。
これを抗体依存性感染増強(略してADE)といい、コロナウィルスはこのような抗体を作りやすいウィルスです。
この抗体が出来てしまうと感染を防ぐどころか、病原体となるウィルスを引き寄せてむしろ感染を拡大させてしまうのですが、なぜこのようなタイプの抗体が作られてしまうのかはよく分かっていません。
そのため未だに猫伝染性腹膜炎のワクチンが作れないのです。
新型コロナウィルスはどうなのか?
今回の新型コロナが、このタイプの抗体をどの程度作るかは分かりません。
少なくとも先に書いたようなコロナウィルスの性質を考慮したため、生ワクチンでも不活化ワクチンでもないタイプにせざるを得なかったのでしょう。
もっとも今回初めて試されるmRNAタイプが、正解かどうかはこの先長い時間が必要と思われますが・・・。
少なくとも長く猫を苦しめているネココロナウィルスのワクチンでさえ試されたことのないタイプです。
動物の感染症から学べることは多い
コロナウィルスの研究は、動物分野の方が先行しています。
少し前に豚の伝染性下痢症が問題になった時期もありましたが、これもコロナウィルスが原因となる感染症です。
家畜が罹る感染症は、世界的にもよく研究されているので、人間の治療のヒントになる情報が結構あると思います。
関連ブログ⇒ウィルスは生き物か?~猫伝染性腹膜炎から学ぶこと