気温も湿気も高い梅雨。
この時期は特に食中毒が起きやすいですが、食中毒になるとまず『吐く』という症状が出ますね。
「悪いものを食べたから、吐き出している」
のは間違いないのですが、実は『どんなメカニズムで吐く』のか分かっていませんでした。
「メカニズムなんて、どーでもいいじゃん。とにかく悪いものを出すのが重要だ」
という意見はもっともですが、この”メカニズム解明”は実は様々な治療・創薬の基礎になることが多いのです。
例えば、抗がん剤など副作用として吐き気を伴う薬は多いですが、このメカニズムの解明で、『より効果が高く、副作用は少ない』薬の開発につながる可能性があります。
食中毒を起こす原因となる細菌は、20種類以上指定されていますが、大きく分けて
①菌そのものが原因
となる場合と
②細菌が作り出す毒素が原因
となる場合があります。
①に該当する細菌の代表格は、サルモネラ・腸炎ビブリオ・ウェルシュ菌・カンピロバクター菌・リステリア菌など
②はボツリヌス菌、そして今回の研究で使用された黄色ブドウ球菌です。
黄色ブドウ球菌
黄色ブドウ球菌による食中毒は、かつて腸炎ビブリオ、サルモネラと並んで”食中毒御三家”と呼ばれるくらい一般的でした。
(現在は食品加工の衛生管理向上により、腸炎ビブリオと黄色ブドウ球菌はかなり少なくなっています)
この中でも黄色ブドウ球菌による食中毒は、比較的軽い症状なのですが、細菌が作り出す毒素が原因で発症するので、典型的な『抗菌剤が効かない』『抗菌剤を使っても意味のない』菌です。
そもそも黄色ブドウ球菌は、ヒトの手や鼻腔内にも存在しています。
つまり日常的に接触している菌なのに、一定数を超えた時に問題を起こすのです。
そしてこの菌による食中毒に罹った時、顕著に”嘔吐”するのは、哺乳類の中でも、ヒトと霊長類であることが知られていました。
マウスや犬・猫とは、何が違うのか?
今月初旬、国際学術誌『PLOS Pathogens』に掲載された、弘前大学大学院医学研究科(青森県弘前市)と北里大学獣医学部(青森県十和田市)の共同研究によると、ヒトに近いモデルとして、コモンマーモセットという小型の猿を使って実験しました。
黄色ブドウ球菌による食中毒は、1930年アメリカで『菌が食品中で作る毒素・ブドウ球菌エンテロトキシンが原因』とすでに判明しています。
しかしこの毒素に触れた時、何故ヒトや霊長類は”嘔吐”するのか、90年以上謎だったのです。
黄色ブドウ球菌による食中毒は、食後30分くらいで症状が出ることもあるくらい、短時間型です。
病原性大腸菌O157のように、食後3日~10日も潜伏した後発症する食中毒に比べると、超短時間型です。
一昨日の夕飯の記憶すら怪しい筆者には、10日前の食事を思い出すのは難題です(^_^;)が、黄色ブドウ球菌ならば、トイレにこもりながら
「あれが原因だ!」
と分かりやすい食中毒です。
(ま、分かったところで後の祭りなんですが)
今回、黄色ブドウ球菌の毒素(=ブドウ球菌エンテロトキシン)が、消化管のどこの細胞に反応するかを調べました。
すると消化管の粘膜下にある肥満細胞に結合することが分かりました。
そして肥満細胞に結合すると、肥満細胞が持つ顆粒を細胞外に放出し、ヒスタミンの放出も見られました。
この反応、花粉症などのアレルギー発症のメカニズムと似ています。
アレルギー反応は、
①花粉やダニなどアレルゲンとなる物質を肥満細胞が感知
↓
②顆粒を細胞外に放出
↓
③ヒスタミン放出
↓
④かゆみ・発疹・くしゃみなどの症状
この食中毒の場合は、④の所に”嘔吐”という症状が入るわけです。
そのため、肥満細胞からの顆粒放出やヒスタミンの放出を抑える薬を与えたところ、嘔吐が抑制されることが分かりました。
一見地味で
「なんでこんな研究必要なの?ガンとかもっと重大な病気の研究を先にやってよ」
と思われるかもしれませんが、このような『そもそも研究』の積み重ねが、ノーベル賞級研究の下支えになることもあるのです。
この発見が、他の嘔吐を伴う病気の解明や、治療、薬の開発につながることを願ってやみません。