青森県弘前市は”珈琲の街”と呼ばれています。(まだ全国区ではない?!(^_^;))
弘前に限らず、青森県内は美味しいコーヒーが飲めるお店が多いです。
都会ではチェーン店が競い合い、街の喫茶店が姿を消していますが、青森県内は自家焙煎のコーヒーが飲める喫茶店も各所に健在です。
実は青森県民のこのコーヒーに対するこだわりは、昨日今日の流行ではありません。
時は江戸時代末期1855年に遡ります。
津軽藩の藩士たちは、幕府の命令で北方警備のため蝦夷へ派遣されることになりました。
当時、不治の病と考えられていた脚気とそれに伴う浮腫の予防は、藩としても重要な課題でした。
ただでさえ、時代の大きな変化を予感する動きが日本各地で起こっていた時期です。
1853年にペリー来航。
1854年7月に伊賀上野でおきた大地震をきかっけに、東南海で大地震が相次ぎ、ついに1855年11月には、江戸でも大地震が発生しました。
各藩の財政どころか、幕府の維持も危うくなっていた時代、津軽藩にとって藩の警備が手薄になることは切実な問題だったでしょう。
ましてや弘前以上に、厳しい気象環境の蝦夷地へ藩士を向かわせることは、避けたかったことに違いありません。
そこで藩医や重臣たちは、『珈琲』に目を付けます。
西洋の豆を炒って砕き、その煎じ汁(?!)は滋養強壮や浮腫に良いという情報を得ます。
そこで早速取り寄せ、藩士たちに飲ませました。
おそらくこれが、初めて一般人がコーヒーを飲み始めた時だと言われています。
脚気というのは、家庭科の授業でビタミンの勉強をする時くらいしかお目にかかれなくなりました。
ビタミンB1(チアミン)の欠乏に伴い、神経障害が起こり手足がしびれ、やがて心臓機能も低下してむくみが出ます。
今でこそ栄養的な問題だと判明していますが、100年以上”不治の病”として恐れられてきました。
それもそのはずで、文明開化が起こった明治時代に入っても多くの死者を出すほどだったのです。
それも軍隊に入るような若く健康な兵士の半分が罹り、約15%が亡くなるような時代でした。
陸軍のある部隊では20%を超える死亡率の記録もあり、深刻だった様子が伺えます。
この数字がどれほど衝撃的かと言うと、例えば世界的に大流行したスペイン風邪と呼ばれる当時の新型インフルエンザでも致死率は2%です。
現在厚労省が、新型インフルエンザ対策で想定している発病率でさえ25%。致死率は0.53%ほどです。
これは子供から高齢者までを含んだ想定ですが、当時脚気の発症に苦しんでいたのは若く体力のある青年ばかりです。
どれほど恐れたか想像は難くありません。
しかし明治時代の医学界は、タンパク質不足説、感染症説などが強く支配していました。
タンパク質不足説は、まだ食事に注目したという点で惜しかったと言えます。
これを唱えたのは、のちに東京慈恵医科大学を創設する高木兼寛医師です。
高木氏はイギリスに留学して、脚気の対策として洋食を取り入れることを提唱します。
確かにこれによって、兵士の脚気が多少減ったのです。
肉類に含まれるビタミンB1が作用したのであって、タンパク質ではなかったのですが、結果オーライです。
ところが森鴎外など、ドイツで医学を学んできたグループは、感染症説にこだわりました。
その理由は
「もしタンパク質の不足が原因なら、肉類の摂取が地方より多い東京で脚気が多い事実と合致しない」
・・・確かに。
ところが1889年(明治22年)脚気の研究でインドネシアにいたオランダ人学者 クリスティアン・エイクマンは、突破口を開くような報告をします。
それはエサを玄米から白米に変えた鶏の異変でした。
最初は足元がおぼつかなくなり、やがて歩けなくなり、呼吸困難で死んでしまう。
人間の脚気にそっくりでした。
そこでエサを玄米か米ぬか入りの白米に戻すと、全く発症しない。
しかしこの論文を読んだ日本の学者は「ニワトリと人間は違う!」
1912年(大正元年)東京大学農学部の鈴木梅太郎教授は、エイクマンの実験を検証して米ぬかに何らかの有効成分があると確信し、その抽出・精製に成功します。
それは”オリザニン”と命名されましたが、後にそれがビタミンB1だと同定されます。鈴木梅太郎は、
「このオリザニンを臨床で試してもらいたい」
・・と呼びかけますが
「医者でもないくせに臨床試験だと?何言っているんだ!」
と相手にされませんでした。
パスツールとコッホの闘いにちょっと似ていますね。(^_^;)
(参照⇒パスツール VS コッホ)
この時、臨床試験が行われていたら、ノーベル賞はエイクマンではなく、鈴木教授だったかもしれません。
(臨床試験に着手したのは7年後。しかも東大ではなく京都大学でした。)
なぜならエイクマンは玄米で脚気のような症状が減った理由として
『白米に含まれる何らかの毒素が、玄米や米ぬかに含まれる物質によって解毒される』
という仮説でした。
それに対して、鈴木教授は玄米(米ぬか)に含まれる”オリザニン”と特定しているからです。