農薬の開発が、収穫量と品質を安定させたように、抗生物質は我々を含め、多くの動物を感染症から救ってくれました。
抗生物質の登場が、現在の長寿社会に貢献したのは間違いないでしょう。
ところが最近、耐性菌の出現を耳にすることも珍しくなくなりました。
院内感染の原因菌として、しばしば名前があがるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)。
黄色ブドウ球菌による感染症なんて、ちょっと前なら容易に治療できたでしょう。
ところが1960年代に広く使われていたメチシリンという抗生物質に、黄色ブドウ球菌はわずか数年で耐性をつけ、再び我々の前に立ちはだかりました。
黄色ブドウ球菌からすると『メチシリンに打ち勝った』生物的勝利で、進化したと言えます。
しかし人間側からすると『薬が効かないほど病原性を高めた厄介者』ということになり、同時に『人間が黄色ブドウ球菌を抗生物質で鍛えちゃった』とも言えます。
初期の抗生物質が耐性をつけるまで時間は、ペニシリンが約20年、テトラサイクリンが約10年ほどです。
それがメチシリンや、最近の抗生物質(1990年代半ば以降)は、たった数年で耐性を付けた細菌が登場します。
そもそも、抗生物質を使用しても、狙った菌を全滅できるわけではありません。
生き残った細菌は、抗生物質から逃れられる形質を、遺伝子を介して次世代に伝えていきます。
ちなみに人間は、1世代30年が目安ですが、細菌類は30年あると75万世代以上にもなります。
人間が開発する薬を攻略するには、十分すぎる世代数です。
そして最新の研究で、抗生物質が叩いているのは細菌類だけではなく、大腸内壁の細胞も標的になっているとの報告がアメリカでありました。
抗生物質を使用すると、腸内細菌叢が乱れることは周知の事実でしたが、大腸の内壁細胞にダメージを与えていることが明らかになりました。
細胞内のエネルギーを生産しているミトコンドリア。
ミトコンドリアは細胞核とは違った、個別のDNAを持っています。(関連記事)
これは、ミトコンドリアが独立した細菌だった名残の証明とも言えます。
その生い立ちを考えれば、さほど驚くべきことでもないのですが、ミトコンドリアは、ある種の抗生物質に弱いことが判明したのです。
マウスでの実験結果なので、哺乳類の大腸内では同じようなことが起こっている可能性はかなり高いでしょう。
ミトコンドリアがダメージを受けると、細胞の活動スイッチが壊れた状態になります。
そうなると細胞の活動はおろか、正しい代謝も行われず、内壁表面が乱れた状態になります。
すると本来ブロックすべき物質が入ってきたり、逆に取り込むべき物質は取り込めないような悪循環が起こります。
近年急激に増えているアレルギー性の疾患や病原体のない慢性疾患の原因は、このようなメカニズムで起こっているのではないかと考えられるようになりました。
抗生物質同様、農薬に耐性をつけた病虫害も増えています。
植物の世界でも、同じようなことが起こっているのでしょう。
しかし食物連鎖の始まり(植物)でそのような問題が起こることは、私たちにも少なからず影響があります。
どこかでこの悪循環を断ち切らないと、取り返しのつかないことになりそうな予感がしてなりません。
だからと言って抗生物質や農薬を、全く使うべきではないとも考えていません。
(農薬と言っても、食酢から化学兵器の原料になるものまでありますから、何を使うかも重要ですが)
”安易に使うべきではない”ものであって、特に抗生物質は、使うべき場面で中途半端に使わず、きちんと使うべきものだと考えています。