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B・フラギリスの仕事


以前のブログ(T細胞もゆとり世代?!)で、樹状細胞の話を書きましたが、一般に”抗原”として提示できるものはタンパク質のみ・・と言われてきました。

そのため、犬猫のアレルギー対応食と言われるものは、タンパク源を単一にしたり、タンパク質分子を極限まで小さくして作られています。

ところが大腸の粘液に棲むありふれた細菌 バクテロイデス・フラギリスはその定説を覆す、ちょっと変わった性質を持つ事が分かり、免疫反応の世界が広がってきています。

B・フラギリスは、≪ポリサッカライドA≫という特殊な分子を作ります。

そして樹状細胞は、このポリサッカライドAを抗原として旗竿に掲げることが判明したのです。

「だから?」

ポリサッカライドAは、タンパク質ではなく、炭水化物です。

しかしこの物質を抗原として提示するからには、それなりの理由があるはずです。

免疫細胞の一つであるT細胞に見せる(=抗体を作らせる)必要があるから、提示しているはず。

となると、この炭水化物は、”免疫反応にとって重要な物質”ということになります。

「一体何をしているのか?」

ここから、日本を含む各国で研究が始まりましたが、どうも大腸炎の治癒に重要な役割を果たしていることが分かってきました。

B・フラギリスという細菌は、消化管以外の場所に存在すると困った作用をします。

しかしそれが腸内に存在し、ポリサッカライドAを作ると、炎症を抑える働きをする制御性T細胞(Treg細胞)を活性化させることが判明しました。

ちなみにポリサッカライドAを作れないように遺伝子組み換えしたB・フラギリスを投与しても、大腸炎は治まりません。

またB・フラギリスから、ポリサッカライドAだけを取り出して投与すると、こちらは治癒しました。

こうしてポリサッカライドAの働きは証明されたわけですが、それを作るB・フラギリスは、消化管以外の場所に存在すると問題を起こす細菌です。

つまり本来なら、制御性T細胞の標的になりうる存在です。

それなのに、大腸で安全な居場所を確保し、かつ大腸の平和にも貢献する。

その後の研究で、この不思議な共生関係は、B・フラギリス一種類だけではありませんでした。制御性T細胞を誘導して大腸炎の治癒に関わる細菌は17種判明しています。

しかし大腸炎の治癒に関わるのはこの物質だけではありません。

免疫系統の絶妙なバランスによって、健康が成り立っていることを示す物語は続きます。

大腸炎を起こしている時は、炎症を起こさせるTh17細胞が高い数値で存在します。

しかしポリサッカライドAは、この細胞に関与しません。

”炎症”は痛みや熱など辛い症状も多く、早く対処したいと感じます。

しかし”炎症”が起こってくれないと、異常発生を知らせたり、病原体の排除を開始したり、傷んだ組織の修復作業などが始まりません。

宿主(体の持ち主)にとって一見厄介な”炎症”ですが、それがないとやっぱり厄介なことになるのです。

つまり大腸の異常に対して、

Th17細胞が炎症のアクセルを踏む⇒関係各所に異常発生を通達⇒原因物質の排除開始⇒腸壁の修復開始

という手順を進めながら、同時に

B・フラギリスがポリサッカライドAを作る⇒制御性T細胞が炎症のブレーキを踏む

ということもやるのです。

なんと絶妙なチームワーク!

”ほどほど”とか”あいまいな態度”というのは日本的で、世界では通用しないとよく言われますが、微生物と免疫の世界では、そういう状態こそが宿主にとって健康な状態と言えます。

”炎症”と”細菌”

そこには絶対的な”味方”もいないけど、絶対的な”ワル”もいません。

肉眼で見えない世界の関係性は、生き方そのものを考えさせてくれます。

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